一つに絞る必要はない

先日の話、「科学的ではないものもあるなら、幽霊や魂もあるんじゃないの?」という方もいるでしょう。


実際その通りです。


正確には、”あるかどうか分からない”というものですね。


現段階では科学的な証明ができないというだけで、将来的には分かりません。


科学のみを信じている方は科学が万能のように考えていますが、元々あるものを解き明かしたのが科学なのです。


そして、科学では分からないものがまだまだあるのです。



それなら、「幽霊や魂もあるかもしれないんだから信じてもいいでしょ?」という方が出てくるのですが、それはかまいませんよ?


ただ、『幽霊や魂を使って何をするのですか?』


それらを信じても、脅されることがほとんどではありませんか?

信じた結果、被害を被るだけではありませんか?



たしかに、映画などの娯楽程度ならいいと思いますが、それらによって人生を破綻させている方がいます。

実際、それだけの効力が出るものですから。


そうならないために、『幽霊や魂は無い』と言っているのです。

それらはただの幻覚だと言っているのです。


心の働きにより、それらを心の中に作り出しているだけだと説明しているのです。



人は情報の影響を多大に受けます。

臨場感が強いイメージを現実のものだと認識してしまいます。


例えば、映画を見て震え上がるとか、小説を読んで感動するとかです。


物理世界では”ただの情報”であるものに対して、身体的なフィードバックが起こるのです。


それが人の特性です。


ですから、幽霊に思いっきり臨場感を感じると幻覚まで見てしまいます。

何もいないはずなのに、震えたり寒気を感じたりと身体的なフィードバックが起こるのです。


人の脳は、物理だけではなく情報に対してもきちんと効果を発揮するのですよ。



そもそも、幽霊を見て何をしたいのですか?


幽霊は、悲惨な最期を遂げた者たちがほとんどです。


そして、世間で「幽霊が」と言っている方は、幽霊を食い物にしているだけです。

除霊という言葉もありますから。


よく考えてください。


除霊ということは、幽霊は生きている時も苦しんで、さらに死んでからも苦しんでいなくなるのです。

悲惨でしかありません。


幽霊は敵でも味方でもありません。

ただの他人です。


他人の不幸を見て娯楽にするような人間はここには来ないでしょう。

エフィカシーが下がりすぎてゴールへ向かうことができない方ですから。


もし幽霊がいたとしたら、慈悲の心を持ちましょう。

それだけでいいんですよ。



幽霊の話になってしまいましたが、もう少し分かりやすく言うと”ポジティブかネガティブか”ということです。


科学では証明できないものでも、ポジティブになるのなら使えばいいのです。

逆に、ネガティブになるのなら使わなければいいのです。


簡単でしょう?


科学で証明できないもので脅されるなどしていなければ、好きにすればいいのです。


好きに信じればいいのです。


ですが、人の特性上「それらは心が産み出していると言えますよ」ということです。

認知科学という分野での説明ですね。



ただ、科学にも限界があります。


昔など物理学で済んでいたものが、現在では量子力学などにシフトしています。

認知科学も元々はAIを作り出すためのものですが、人の意識を説明するためには限界を迎えています。


科学とはそういうものなのです。


解き明かしていくと、今までの説明では矛盾が発生するため新しい分野に移行していくのです。


例えば、心理学というものが今はどのような分野になっているのかを調べてみましょう。


昔など、小学生以下の実験と同レベルのことをしていますから驚くと思います。



科学では説明できないものでポジティブになるのなら、どんどん使いましょう。


少なくとも、気功はポジティブになれます。

元気になれます。


『”情報だけ”で、身体的なフィードバックが起こる』


それが人なのです。


使えるものは何でも使い、元気になっていきましょう。

このブログも元気になるために使えばいいのです。


現在の科学では治療に限界があります。

だったら、それ以外のものも併用していきましょう。


方法を一つに絞る必要はありません。


色々と使ってみてください。

科学主義ではなく○○主義へ

現代人にありがちな話をします。


科学主義、言語主義の話です。

そして、「それを変えていこう」という話です。



現代人は、専門用語を使わないものを胡散臭いと思う傾向にあります。


気功のような科学的に証明できないものは信じないという方ですね。

科学は信頼できても、それ以外は信頼できないということです。


現代人は、科学、正確には言語を妄信しています。

そのように教育されてきたからです。



西洋社会そのものが言語社会であり、それが時代と共に拡大していきました。


まず、西洋社会とは聖書信仰の社会です。


聖書というと、キリスト教の新約聖書を思い浮かべるかもしれませんが、旧約聖書の話です。

旧約聖書は、現在のユダヤ教、キリスト教、イスラム教の経典のベースとなっているものです。


そして、これらの宗教では、聖書の言葉は神の言葉を意味しています。

いくら人が編集したといっても、内容は”神そのもの”なのです。


また、学問が発達したのは神を証明するためです。

数学から始まり、ここまで科学が発達してきたのは神を証明したかったからなのです。


元々科学とは、”神を証明するためのツール”なのですよ。


つまり、言語そのものが神を表し、神を証明するために科学が発達してきたのです。

それが西洋社会なのです。


これだけ科学が発達してきたということは、それだけ西洋社会に染まってきたということです。

その影響は、東洋思想の社会にも表れています。


ですから、科学で説明されないものは理解しようとしても理解されないのです。

科学的で理論的に説明されないと納得できなのです。


それが現代人ですよ。



たしかに、理論的である方が分かりやすいのですが、瞑想や気功など、体感がものをいうものに対して理論的に説明しろと言われても困ります。


例えば、あなたは食べたこともない食品の説明ができますか?

乗ったことがない自動車の乗り心地を説明できますか?


体感など、一人ひとり違うため説明の仕様が無いのです。


それっぽい言葉を使うしかないのです。



私も論理的に説明してはいますが、あくまで仮説であって、本当にそれが正しいのかは科学的に証明されていません。


気など、ニュートリノのように大規模な施設がないと観測できないものかもしれません。

ちなみに、ニュートリノは素粒子の一つで、光速で移動し、毎秒一兆個程身体を透過しています。


「心を科学的に証明しろ」と言っても、心など脳ではただの電気信号ですが、脳そのものに心という”実態”があるかどうかは分からないのです。

「脳のこの部位が活性化しているから」と言っても、そこに心があるかどうかは別です。


科学者によっては、宇宙から意識をダウンロードしているという方もいます。

定説になっているだけであって、それが本当かどうかは未だに分かりません。


科学とは、天動説と地動説のような関係であり、現在の科学力で全てが分かるなどありえないのです。


将来的には気や心も科学的に証明できるかもしれませんが、現在では仮説の域を出ないのです。



ですから、『科学では証明できないものもある』と認識してください。



たしかに、気功など知らない方からすれば胡散臭いでしょう。


しかし、体感があると分かるようになります。

「言葉では説明できないことがあるんだ」と理解できるようになります。


体感を増やすためには、実践するしかありません。


自分だけでも、誰かからしてもらうでもいいのです。


とにかく体感を増やしていってください。


それが”真の”理解へと繋がります。



科学主義を拗らせると、科学で証明された世界、物理世界しか見ようとしません。


それ以外の世界が盲点になってしまい、見ることができなくなるのです。


自分を変えていきたいと思っているのなら、科学に囚われず、広い目で見ていきましょう。


情報という目に見えないものが、”何処にあるのかも分からないもの”が人を変えるのです。


体感すれば理解できるようになります。


とにかく続けていってください。



科学主義の方は、よほど痛い目に合わないとそれ以外を見ようとはしません。


医者から見放されたとか、医者の言うことを鵜呑みにして身内が死んだとか、投薬による現状維持が精一杯だとかです。

どうしようもなくなってから、ようやく探し当てるのです。


ですから今のうちに、科学だけではなく、それ以外にも視点を向けていきましょう。


人は、情報という漠然とした、実態が何処にあるのかも分からないものを毎日使っているのです。


心やイメージなどの実態が脳にあるのかも分からないのに、それを当たり前のように使っているのです。


そして、その情報により元気になることも、身体を壊すこともできるのです。



人は信じたもの、信じすぎたものがあればそれを現実化します。


自分の視野の狭さに子どもを巻き込むのは止めましょう。


子どもなら私のブログを紹介するだけで変われます。

それくらい子どもは変わりやすいですから。


科学的にムリだといわれても、それを信じる必要はありません。


世の中は無常です。

永遠など無いのです。


『変わりたいのなら変われます』


この言葉を信じるためにも、ブログ内を全て読むくらいはしてください。

それだけ読めば、科学主義の方でも一定の理解ができるように書いています。


あとは実践して、体感を増やしていきましょう。



今回の話、「”体感”主義になった方が自分を変えられますよ」という話です。


主義というほどではないかもしれませんが、科学9割:体感1割の比率を、せめて『科学4割:体感6割』くらいにしてください。


頭で理解することも、身体で理解することも大切だと理解してください。


そして、”自分自身で考えること、感じること”が何よりも大切だと分かってください。


科学は『皆で共有するためのもの』ですが、体感は『自分だけのもの』です。


自分の人生なのですから、自分だけのものを増やしていきましょう。


毎日続けていけば分かるようになります。


体感の割合を増やしていってくださいね。

不妊治療について

前回少し話したのですが、不妊治療の話をもう少ししておきます。


はじめに言っておきますが、私は産まれてくる子を優先的に考えます。


不妊治療を行っている方は不愉快になるかもしれませんが、子どもの将来を考えるのならしっかりと学び、考えていきましょう。



まず、不妊とは子を為せない状態です。

偶然できないのか、何かしらの疾患によってできないのかです。


そもそも、妊娠の確率自体が一割もいかないくらい低いのです。

さらに、年齢によっても妊娠の確率が下がりますから、たった数ヶ月で妊娠できる方がすごいのです。


35歳を超えると、妊娠の確率はかなり下がるという報告もあります。


ゲームの物欲センサーではありませんが、あまり「欲しい欲しい」と思わないことです。

それがストレスになってしまい、ますます妊娠できなくなってしまいます。


無意識において、「欲しい」とは願望であり、「欲しい……”でも今は無い”」のようにその言葉の裏を読んでしまいます。

結果、無意識は現状の”無い状態”を維持し続けるのです。


毎日、「私は持っていない」と臨場感豊かに何度もイメージしているからですね。


ですから、ゴールの形を現在進行形で考えましょう。

現状で雁字搦めにならず、気楽に構えていってください。



なお、妊娠するための基礎知識を記しておきます。


女性の生理周期は28日程度です。

そして、生理開始日から14日程度で排卵されます。


卵子の生存期間は1日です。

精子の生存期間は3日です。


つまり、これらを計算して事に及べばいいだけなのです。


さらに、「精子は貯めたほうが受精しやすいのでは?」という方もいるのですが、貯めても意味がありません。

精子は3日程度で作り換わっていますし、行為中にも作られています。


受精させたいのなら、1回目ではなく2回目の射精の方が、3割程受精の確率を上げるという報告があります。

新鮮な精子の方がいいということです。


妊娠したいのなら、上記を守れば妊娠できる確率は上がります。

逆に妊娠したくないのなら、上記を守れば避妊にも繋がります。


知識を得て、行動していきましょう。



では、次に何かしらの疾患がある場合について話します。


何かしらの疾患があるということは、身体に異常があるということです。


言わせていただきますが、身体の不具合を治してからでないと、子どもが障害を持ちやすくなります。

毒に汚染された身体では、子どもの奇形なども増えるのです。


毒がDNAを傷つけ、その状態でDNAが複製されてしまうからです。


実際、中国やインドの奇形のニュースをよく見かけます。

両国とも環境汚染が酷いですから、それが人体にまで影響を及ぼしているのです。



なお、「日本にいるから大丈夫じゃない?」という考えの方は、日本がどれだけ”薬まみれ”なのかを理解していますか?


農薬の使用は世界でもトップクラスですし、飲み薬などの使用も世界でトップクラスです。

海外では使用禁止されたものでも平気で使用しています。


さらに、食品添加物も薬です。

加工品や菓子パン、コンビニ食品なども添加物まみれです。


家畜にもホルモン剤や抗生物質を大量投与していますから、それを食べると人体にまで影響を及ぼしてしまいます。


髪を染めたり、化粧をしたり、保湿をしたり、クリームを塗ったりすると、皮膚から化学物質が吸収されます。

歯磨き粉、洗剤、ボディソープ、シャンプー、コンディショナーなどもそうですね。


また、タバコを吸っている方は大量の化学物質を体内に入れています。



日常生活を送る上で、私たちは薬漬けなのです。


もちろん、これらの毒は1回当たりの吸収量は微々たるものですが、毎日使用している場合はバカにできません。


人体は全て作り換わるのに数年掛かります。

9割以上変わるのに1年掛かります。


ですから、身体をキレイにしていきたいのなら、少なくとも1年は上記に気をつけて生活をしていく必要があるのです。



他にも、放射線や電磁波などはDNAを傷つけるため、避けるようにしていきましょう。

変電所の近くや高圧電線の下、原発周辺や広島、長崎、福島などは避けるようにしてください。



子どもを作りたいという方は、健康な子を産みたいはずです。

そのためにも、障害児になる確率を進んで上げる生活は改めなければならないのです。


「不妊治療が」と言っているのなら、それくらいはできるでしょう。

親の怠慢を子どもに払わせないでください。



もう一つ、年齢の話をしておきますが、35歳を過ぎると妊娠の確率は下がります。

逆に、何かしらの障害を持つ確率は上がるのです。


科学が発達する以前、人類は10代、20代で出産をしてきました。

しかし、科学の発達により寿命が飛躍的に延びたために、30代以上での出産が可能となったのです。


元々の寿命を考えると、高齢出産は母子共にリスクが跳ね上がるのです。


高齢出産のニュースも世界にはありますが、子どもに一生涯のリスクを背負わせるくらいなら産まない方がいいでしょう。


子どもは親の所有物ではありませんよ。



なお、上記にも増して重要なことはストレスを無くすことです。

上記は物理的なストレスの話ですが、以下は心理的なストレスの話です。


人は”情報の影響”を多大に受けます。


ストレスで身体が傷つくことも科学的に証明されています。

逆に、身体が汚染されて不調だとしても、気功などのポジティブな情報によって元気になってしまいます。


ですから、心理的なストレスを回避していきましょう。



どうすればストレスを回避できるのかというと、”やりたいこと”をやってください。

つまり、ゴールへ向かっていくのです。


それだけでストレスは回避できます。


”ポジティブになれること”をしていくだけなのです。


簡単でしょう?



人体は、情報によって簡単に元気になってしまいます。


身体の浄化作用を助けることもできます。

妊娠の確率を上げることもできます。


自分が”どのようなイメージをしているのか”で変わってしまうのです。


ネガティブなイメージをしていると、本当にネガティブなことが起こります。

ポジティブなイメージをしていると、本当にポジティブなことが起こります。


『イメージ一つで変わることができる』


それが人なのです。



不妊治療をしている方は、追い詰められています。


誰かによって「子どもを産まなければならない」と刷り込まれているのです。


ですが、”本当に”子どもが欲しいと思っているのですか?


「世間体を気にして」とか「パートナーや両親から催促されたから」とかではありませんか?


そのような考えで不妊治療をするくらいなら、しなくていいです。


なぜなら、それは他者から強制された考えだからです。


強制はエフィカシーを下げます。

当人のストレスになってしまいます。


ですから、自分自身が欲しいと思っていない限り、作る必要はありません。


ストレスフリーとはそういうことですよ。



元気な子を産みたいと思っているのなら、上記をよく考え、行動していってください。


養子だろうと産んだ子だろうと、子どもには変わりません。


行き過ぎた子どもへの執着は、差別へと繋がります。

産んだ子を優先するあまり、他の子を蔑ろにしてしまいます。


もう少し視野を広げて、全ての子が同じように見えるくらいになりましょう。


子どもは自分の所有物ではないのです。


よく考えて生きてください。

女性差別について

先日は教師が虐めを解決できない理由を話しましたが、今度は女性差別について話します。


先に結論を言ってしまうと、これは”コンフォートゾーン”の所為です。



現代社会は男女平等を謳っていますが、未だに女性差別が蔓延しています。


女性もそれを何とかしたいのでしょうが、男女平等を謳っている女性自身が差別をしている状態です。


例えば、女性が活躍している職場などに男性が来ると、爪弾きにしたり虐めに走りします。


平等を掲げているはずなのに、男性社会に女性が進出したときと同じことをしてるのです。


率先して平等を謳っている者が差別をしてどうするのでしょうか?



「女性が、女性が」と言っている方は、女性(正確には自分)の”権利”が欲しいからそのように言っているだけであって、平等などどうでもいいのです。


それが差別として表れているのです。


社会を見てみると、女性”だけ”有利になる場面が多々あります。


これで平等とは聞いて呆れます。


男性への意趣返しでしょうか?


子どもに聞かれて答えられないことをしないでください。



社会での女性の地位が低い理由は、歴史を勉強しているのなら分かるはずです。


何故なら、女性の地位など”元々考えられていなかったもの”ですから。


歴史を振り返ると、社会を動かしてきたのは男性であり、女性はそのお飾りでしかありませんでした。


日本では、戦後ようやく女性の権利が生まれてきたのです。


『男性社会』と『男女社会』の差は、『何千年』対『数十年』レベルの差なのです。


これでは女性の地位が低くなって当然です。



さらに、その男性社会で生きてきた大人がまだ大量にいます。


その社会性を埋め込まれた子どもが大人になり、そして子どもに教えていますから、ますます女性差別がなくならないのです。


単純な歴史を見てもこれだけの理由があります。



ですが、ここに宗教も絡んできます。


今の日本で猛威を振るっているのは仏教ではなく、儒教です。

この宗教は、男性、特に父長兄が絶対の宗教です。


仏教が大陸から日本へ伝来したときには、既に儒教に染まっていました。


それを仏教と思い込んでいるのが日本人なのです。


こんな教えを守っている者たちが大量にいるのですから、女性差別がなくならないのはある意味当然です。



現在はインターネット社会ですから、昔に比べ女性の権利は圧倒的に高まりました。

女性も権利の主張をすることができるようになりました。


また、手軽に知識を得られる時代になりましたから、宗教に洗脳されることもなくなりました。

宗教自体が過去のものになりつつあるのです。


女性の権利が真に男女平等になるのは、現代人が全員死滅したときでしょう。


少なくとも、現代の30代、40代世代以上がいなくなるまでの数十年間は難しいと思います。


未だに昔の価値観で生きている者がいなくならない限り、平等になることはないからです。



軽くしか挙げていませんが、上記のような問題が昔からあるのです。


”男女関係なく”、このような価値観で育て上げられてきたのです。


その思想が、無意識の中にまで刷り込まれています。


『大人の無意識の行動は、8、9割が親の真似』ですから、これらの思想に染まっている大人は無意識の内に男女差別をしてしまいます。


「おかしいな?」と思う方もいるのですが、全ての思想を取り除くことができないのです。


その状態がコンフォートゾーンになっているのです。


例えば、「男性が働くのは当たり前」とか「家事、育児は女性がやるもの」とか「子ども産まなきゃ」とかです。


本当に何気ないことで、男女差別をしてしまうのです。

それがコンフォートゾーンの働きですよ。



なお、少し脱線して子どもを産むという話をしますが、不妊治療に拘っている方はそんなに自分の子を産みたいのでしょうか?


養子ではいけないのですか?

それとも自分の所有物が欲しいのですか?


その欲求は本当に自分のものですか?

誰かから追い詰められた結果ではありませんか?


子どもなど大量にいます。

自分が気付いていないだけであちこちにいるのです。


子どもが欲しいだけなら養子も視野に入れましょう。


ただ、「自分の子が生まれたから養子を蔑ろにする」などという、バカな真似をする親にだけはならないでください。



話を戻しますが、『男』『女』の前に、全員『人』です。


できること、できないことはありますが、それは”本人が決める”ことなのです。


それが本当の平等です。


そろそろ、男、女の垣根を越える必要があります。


未来人として生きていくのなら、どちらかの権利を見るのではなく、両方の権利を見ていく必要があります。


まずは自分から実践していきましょう。


一人ひとりが意識して、「好きなことを好きな人がやればいい」という考えになりましょう。


男だから、女だからと差別することは恥ずべきことです。


本人の意思を尊重できる社会にしていきましょう。

教師が虐めを解決できない理由

教師のエフィカシーが低いために虐めを解決できないと話しましたが、これは教師のエフィカシーが圧倒的に高ければ虐めなど起こりようがないからです。


エフィカシーは、否定や強制により下がります。

逆に、褒めると上がります。


教師がしていることは、上記の内どちらだと思いますか?



教師の仕事は、生徒の足並みを揃えることです。

低すぎても、高すぎても駄目なのです。


そのため、平均から外れている子に対して否定や強制を使います。


ですが、これではエフィカシーが低くなるだけです。

この状態では、どうやってもエフィカシーを高くできないのです。


この状態で、一体どうやって虐めを無くすのでしょうか?

否定や強制を教師自身がしているのですよ?


子どものエフィカシーを下げているのです。

子どもの自尊心を下げているのです。


ますます虐めは無くなりません。



逆に、教師のエフィカシーが思いっきり高いと、虐めなど無くなります。


子どもがそのエフィカシーの高さに感化されるからです。


エフィカシーが高い人の近くにいると、自分のエフィカシーも上がるからです。


また、エフィカシーが高い人は、他者のエフィカシーを上げることもできるからです。


結果、自尊心が上がりますから虐めは起こりません。



このような人が教師をしていると、家でエフィカシーを思いっきり下げられた子は、学校が大好きになります。

何故なら、学校では自分を認めてくれるからです。


家族が不甲斐ないと、このようなことが本当に起こります。


何のための家族なのでしょうね?


学校の成績など、どうでもいいではありませんか。

自分で考えられる子になる方がよほど重要です。


今の日本では学校の成績など二の次です。

本当に必要なモノは思考力ですよ。



もう一つ、教師がしていることについて話しましょう。

それは、クラスの”皆に”教師の声を届けていることです。


例えば、ある一人の子に対して怒ったとしても、話している本人も、聞いている全員も、怒られたときと同じ脳波が出ます。


つまり、たった一人に言ったつもりが、自分を含むクラス中のエフィカシーを下げることに繋がるのです。


こんなことをしていては、いつまでもエフィカシーは上がりません。

よって、虐めも無くなりません。


クラス中のエフィカシーを下げてしまうのですから当然ですね。



本当に優秀な教師は、こんなことはしません。


皆に聞かせる”言葉を選びます”し、皆のエフィカシーが高まるように誘導します。


それができないのですから、勉強不足もいいところでしょう。


よって、教師を信頼してはいけません。



言いすぎだと思うかもしれませんが、ここまで言うのは、実際に教師を信頼したために酷い目にあった子がいたからです。


自殺も止められない教師に価値などありません。

何故、教師を名乗っているのでしょうか?


教師など、自分の専門科目以外何もできないただの人です。

人間的に優れているわけではないのです。


それなら、教科書やインターネットでも十分に学べます。

学校へ行くことすらしなくていいのです。



散々教師を扱下ろしましたが、身近な大人の意見に左右されやすいのが子どもです。

子どもに対していかに酷いことをしているのかを、教師自身が理解する必要があるからです。


ですから、ここまで言っているのです。



理想は、家でも学校でもエフィカシーを高められることですが、あくまで理想です。


それは自分で行っていきましょう。

自分自身でエフィカシーを高めるように行動していきましょう。


慣れてくれば自由にエフィカシーを上げ下げできるようになります。


他者に惑わされず、自分自身でエフィカシーを高めていってください。

誰に何を言われても関係ないくらいまで高めてください。


自分を変えたいのなら、エフィカシーを高めていきましょう。


それがゴールへと繋がる近道になりますよ。

プロフィール

中嶌星児(なかじませいじ)

Author:中嶌星児(なかじませいじ)
気コーチ(コーチ&気功師)
パフォーマンス・エンハンスメント・コーチング認定コーチ
PX2ファシリテーター

コーチング専門分野『健康』

このブログの趣旨は、認知科学に基づくコーチングを私なりに分かりやすくして、『自身のゴール(夢)へ向かう方を増やすこと』です。

また、コーチング以外にも人生をより良くしていく知識と知恵を記しています。


まずは、右のカテゴリにある『はじめに』を読んでください。

そうすればブログの活用法が分かります。


このブログは体感重視の内容ですから、毎日実践していくことで効果が表れます。

ヒトは体感して、”真に理解できるようになる”からです。


変わる方法はいくらでもありますが、変わっていくのはあなた自身です。

あなた自身が実践していかなければ、変わりようがないのです。


ですから、まずは自分で実践してみてください。


そして、それ以上を求める方、圧倒的な効率がほしい方は、私が導きます。

早く元気になってゴールへ向かいたいという方は、以下より連絡をお願いします。

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