夢についての考察

興味深い質問をされたので話します。

今回は『夢』の話です。


ただし、夢といってもゴールのことではありません。

私たちが”寝ている時に見る夢”のことです。


雑談している時に聞かれたのですが、「夢は他人が介入可能なんですか?」というものです。

具体的には、「相手が自分に対して働きかけをしているからその人の夢を見るのか」ということです。


私の考察を述べる前に、まずは夢についての科学的な説明をしましょう。



生理学的に夢のメカニズムを述べると、夢とは”脳内で記憶の整理”をしている状態を指します。


イメージとしては、”たくさんある引き出し”に、記憶を”ジャンル別”に投げ込んでいる状態です。

更に、引き出しから記憶を引っ張り出したり、記憶を統合したりしているとされています。


それが夢として見ている映像なのです。



また、夢はレム睡眠時に見るとされています。

レム睡眠とは、脳が起きている時と同じように活性化している状態のことです。


レム睡眠は90分周期で繰り返されています。


つまり、一回の睡眠で四、五回のレム睡眠があり、一日に四、五回は別々の夢を見ているということになるのです。


しかも学者によっては、ノンレム睡眠時にも夢を見ていると考えている方がいます。


ということは、私たちは更に夢を見ているかもしれないのです。



しかし、私たちが覚えている夢は何種類でしょうか?

おそらく、一種類がいいところではありませんか?


これは、”目覚める直前に見ていた夢”を覚えているだけであり、それ以外の夢は忘れてしまっているのです。


それだけ夢は朧げなものということですね。


仮に目覚めたときは覚えていても、昼には忘れてしまうことがほとんどでしょう。


むしろ夢を覚えているということは、熟睡できていないという証拠ですから、熟睡できる方法を模索してください。



生理学的には夢はただの記憶の整理でしかありませんが、夢は古代から神のお告げ、無意識下の願望、未来予知という解釈もあります。

魂が肉体から解放された状態という方もいます。


「どれが本当なの?」と思うかもしれませんが、正直、どれを信じてもいいのです。

むしろ、一つに絞る必要はないでしょう。


その方が『夢』が広がりませんか?



私は、生理学的な機能と無意識下の願望がそれらしいと考えています。


無意識下の願望とは、つまるところ未来の記憶です。

願望とは未来に起こってほしい事柄であり、過去のことではありません。


また、「ああなりたい」「こうなりたい」という願望には、その願望に対するイメージと感情がついてまわります。


これを何度も繰り返していると、やがて信念が出来上がるのです。

コーチングで学んでいる内容ですね。


信念は、言葉とイメージと感情で作られます。

特に重要なものは、イメージとそのイメージに対する臨場感です。


もちろん無意識下の話なので、実際に「ああなりたい」と意識するわけではありませんよ?

無意識で何度も繰り返してしまうほどの強烈な願望ということです。



また、予知やお告げというものが間違っているとも思いません。

第六感によって私たちに知覚できない何かを感じている方もいるからです。


ただ、このような方は共感覚者ということが多々あります。

それを記憶として脳が認識している可能性もあるのです。


更に、魂が解放されるというものは、瞑想をすれば誰にでも可能です。


瞑想とは頭の運動であり、肉体はどのような状態であろうと関係がありませんから、肉体から解放されて宇宙へ行くこともできるのです。


体感しないと分からないと思いますが……



以上を踏まえて、話を冒頭の質問に戻しますが、私の答えは「限定的には可能」です。


夢は生理学的には記憶の整理なのですから、介入したい相手に対して自分が重要だと書き加えてあげればいいのです。


そうすると相手は、一回目のレム睡眠時に自分の夢を見てくれる可能性が高まります。

『睡眠前の事柄を一回目の夢で見る』という実験が過去にはありましたから、これは再現できるでしょう。


しかし、普通の睡眠では第二、第三のレム睡眠があるのですから、一回目のレム睡眠で目が覚めないとその夢を覚えていません。


つまり、6時間も寝ていると見せたい夢を見せられないのです。

正確には、見ても忘れてしまうのです。


もし覚えていたとしたら、相手が自分に対して願望を持っているということです。

むしろ、そちらの方が自然でしょう。


夢への介入は限定的には可能ですが、相手の願望にまで介入できるかと言われると首を傾けざるを得ません。

そこまで行くと洗脳レベルですから、介入とは言わないのです。



熟睡していれば夢など覚えていませんし、たとえ覚えていたとしても昼には忘れてしまいます。


そこまで気にすることではないと思いますが、気になる方もいるようです。


もし気になる方は、映画を見るような感覚を意識してください。

ホラーやコメディなどさまざまな映画があるように、自分の願望、記憶の整理、お告げなど、夢にも色々とあるのです。


同じ夢を見ることなど余程のことがなければありませんから、夢は娯楽にしてください。

一回しか見ないものですからね。



私たちが生きているのは夢ではなく現実です。


ゴールへ向かっていくのならいいのですが、睡眠時の夢は映画のようなものです。


夢に囚われて今を生きることを疎かにしないようにしてください。

夢に囚われて本質を見失わないようにしてください。


一番良いのは、夢を忘れてしまうくらい熟睡することです。

そのためにも日頃から頭を使いましょう。


色々と考えましょう。

爆睡するまで頭を使いまくりましょう。


そうすれば、夢など気にならなくなりますよ。

コーチングを受ける流れ

私のコーチングを受けたい方に対して発信します。


私のコーチングを受ける”流れ”は、


①ブログの内容を学び、実践する

②契約書に同意する

③日程を決め、コーチングを行う


になります。



まずは、ブログ内で無意識の働きについて学び、実践していってください。


コーチングを受けたいと思っているのなら、”今の自分から変わりたい”と思っているはずです。

であるなら、まずは自分なりに、そしてできるところから始めていきましょう。


なお、数ヶ月以上時間に余裕がある方は、ゴールを現状外に設定し、毎日アファメーションを行ってください。


もし時間がない方は、一日もあればカテゴリ『まずはここから』に書いてある最低限読むべき部分は学べます。

カテゴリ『まずはここから』から『食』までです。


それから私にコンタクトを取ってください。


ただし、これ以降のカテゴリにも治るために必要な知識を記してありますから、これだけで十分とは言えません。

その場合、気になるカテゴリを学びましょう。


必要なら私が指示します。



②ですが、契約を結ぶということは”双方に”責任が発生するということです。


コーチには、『クライアントをゴールへ導く』という責任が発生します。

クライアントには、『ゴールへ向かっていく』という責任が発生します。


コーチとクライアントでは立場上コーチの方が上ですが、契約はイーブンです。

それが契約というものです。


なお、責任という言葉は強制の意味合いが強いと思うかもしれませんが、要は”自分に対する約束事”です。


「私はコーチに頼ってゴールへ向かっていきますよ」と、自分に約束するのです。

そして、「コーチも私をゴールへ導いてくれる」と自分に約束してくれるのです。


それが口約束ではなく、文書として残るのですから安心できるでしょう。


「きちんと契約をしてくれた方が安心できる」という方はいますからね。



また、契約を結ぶにあたって不明な点がある場合、何度でも質問してもらいます。


そして、契約書の内容に納得してもらってから、コーチング料金を振り込むという形を採っています。

料金を振り込んでから契約を結ぶという形は採っていません。


コーチングは高額料金を一括前払いですから、自分だけに不利な契約などしたくはないでしょう。

ですから、納得するまで質問してください。


なお、契約書はメールに添付しますから、間違っても情報漏洩させないように。

悪意を持って漏洩させた場合、相応の対処をさせていただきます。



以上がコーチングを受けるまでの流れになります。


とにもかくにも、まずはブログで無意識の働きを学び、実践していきましょう。


むしろ、”それだけで”私など必要のない状態にまで変われます。


それだけの内容ですから、是非実践していってください。



ただし、重病だとか、どうせ治らないとか、自分ではどうしようもないと思っている方は私を頼ってください。


私がゴールへ向かっていく手助けをしましょう。

私が癒しましょう。


それが私の使命ですから。



私は”自由を”尊重する人間ですから、「変わりたくない!」と思っている方に強制することはありません。


ですから、「助けてほしい!!」と求めてこなければ、手を差し伸べることができないのです。


それが『自由意思を尊重する』ということなのです。


何度も話しているように、助けてほしいのなら求めてください。


私が動くには、”あなたの意思が必要”なのです。



そうは言っても、「コーチングなんて高そうだし内容もよく分からないからちょっと……」という方もいます。


そういう方は、一回だけのコーチングをしているコーチもいますから、探してみてください。


なお、私は子どもにならともかく、大人に一回だけのコーチングをする気は今のところありません。

昔はしていたのですが……


理由は、大人の自我は強固なため、一回では足りないからです。

大人は複数回のコーチングの方が確実に変わっていけるからです。



ただし、私に直接連絡を取れる方かつ、会いに来てくれる方にならワンコイン(500円)で雑談しています。


これは学生だろうと同条件です。

むしろ、学生のためにしていることですからこの値段なのです。


雑談と言っていますが、この程度でも子どもは変わってしまいます。

これだけで日本を飛び出してしまった子もいます。


大人は人によりますが……


あくまで雑談ですから複数人でもかまいませんが、三人以上居ると喫茶店などで席がありません。

その辺りは要相談です。



コーチングは私だけではなく、色々な方がしています。


もしコーチングを受けたいと思っているのなら、私以外にも探してみましょう。

その方が視野が広がりますよ。


理想は、ルー・タイスと苫米地英人のコーチング理論を理解しているコーチです。



色々と探してみて、それでもなお、私にコーチングをしてほしいのなら私が行います。


癒し、導き、ゴールへ向かっていけるようにします。


それが私の役目ですからね。



身体を壊している方は、心と身体が一致していないのです。


そのために体調を崩しているのです。


まずは、自分が今行っていることが”本当にやりたいことなのか”を考えましょう。


”自分のゴール”に一致しているのかを考えましょう。


人が”生きるためには”ゴールが必要です。


まずはゴールを設定してください。


その方法もブログに記してあります。


探してみましょう。

現代社会で生き残るために必要なこと

先日、コーチがどのような存在か話しましたね。

ついでに私のことも。


コーチはクライアントの”マインドをゴールへ導く存在”ですが、同時に”自由を尊重する存在”です。


たとえ相手が嘆き苦しんでいても、それはその人がその状態を選択しているからであり、その状態ですらもコーチは容認しています。


可哀想だと思うかもしれませんが、それが自由というものです。


また、このような状態があるからこそ変わっていけるとも言えます。

”自分で考える時間があるから”と言えばいいでしょうか?


苦しい状態を体感して、そこから”自分で”導き出す答えには意味があります。


『自分で考え出す』という過程が重要なのです。


なぜなら、自分で考えたもの以外は、全てコンフォートゾーン外のものだからです。



家族などは親切心からアドバイスをするのですが、それは本人のコンフォートゾーン外のものでしかありません。


つまり、テレビやインターネットの広告と同じようなものになってしまうのです。


これでは自分のゴール、自分の人生とは言えません。



ですから、自分で考え出した答え(ゴール)が必要なのです。


たとえ現状内のゴールだとしても、自分がやりたいと思い、考えたゴールには意味があります。


ただ、”ゴールは現状外に設定するもの”ですから、現状内のゴールはあくまでゴール(仮)です。



無意識の反応を使って現状から変わっていくのですが、現状内にゴールがあると、その効果が働かないのです。


「今のままでいいや」と”無意識が”判断してしまうため、変わっていくことができないのです。


ですから、現状外にゴールを設定しましょう。



”自分で設定した現状外のゴール”には意味があります。

他者から設定された現状外のゴールに意味はありません。


この違いは大きな違いです。


ゴールは現状外に設定するものですから、それを覚えておきましょう。


なお、現状内と現状外の違いは以前説明しました。

ブログを読み漁ってください。


ヒントは、”具体的なイメージができるかどうか”です。



ところで、私は相手の全てを認めると話していますが、これは抽象度を思いっきり上げてしまえば理解できることです。

体感できるかどうかは別ですが。


ゴールへ向かっていけば理解できるようになると思いますから、まずはゴールへ向かっていってください。



そして、ここからが本題です。


抽象度やエフィカシー(自己評価)が上がってくると、周りとの軋轢が生まれることがあります。


それを放置できるのならいいのですが、できずに苦しんでいる方もいます。


ですから、ここでは苦しんでいる方に対してのアドバイスをします。



答えの一つとしては、先日も話したように自我を偽ることです。

演じると言えば何となく伝わりますか?


現代社会で生きていくのなら、これは必須のスキルです。



例えば、抽象度が上がり、そのために何でも受け入れてしまう。

例えば、エフィカシーが圧倒的に上がってしまった。


上記のような場合、学校や会社で都合のいいヤツ扱いを受けたり、嫌なやつ扱いを受けることがあります。


結果、何でもかんでも押しつけたり、いじめや嫌がらせをしてくることもあります。

明らかに裁量を超えた仕事を押しつけてくることもあります。



話しましたよね?


エフィカシーが低いと、周りを引き摺り下ろして自分のポジションを守ろうとすると。

そうすれば、相対的に自分のポジションは上がりますから。


例えば全校集会で、全員制服を着ているのに、自分だけ普段着を着ていたらどう思いますか?

例えば職場で、自分よりも何でもできて高給取りの部下がいたらどう思いますか?


居心地が悪くありませんか?


ですから、いじめや嫌がらせに走ったり、陰口を言って相手のポジションを下げるのです。



『自分のマインドを守るために』



しかしエフィカシーが低い方は、どうして相手が気に食わないのかが分かりません。

劣等感だと思っている方もいます。


本質は”エフィカシーの高さ”の違いなのです。


自分と相手とのエフィカシーに”容認できない差”があるために、そのような行動に走ってしまうのです。



ゴールを達成していくと、周りとのエフィカシーや抽象度の差からこのような状態に直面することがあります。


それを避けるためにも、演じていくことが必要なのです。

もっとも、演じる必要のない場所で生活すればいいだけですけどね。



ただこの状態、学生ならまだ分かるのですが、一社会人としてはいただけません。


なぜなら、公私混同しているからです。


仕事にプライベートを持ち込むということは、

例えば、明らかにA社と取引した方が自社の利益に繋がるのに、個人的な付き合いがあるからB社と契約を結ぶということです。

例えば、気分が乗らないからいい加減に仕事をするということです。


グローバル社会に拍車の掛かった現代でこんなことをしていては、個人的にも企業的にも生き残れません。

現代社会では論理が優先されるため、感情で判断するなどありえないのです。



ですから、仕事に支障が出るレベルの嫌がらせをされた場合、仕事になりませんから報復してください。


証拠を集めて更に上に報告するでも、労基署に報告するでもいいのです。

仲間を募って全員で退職するでもいいのです。


それが現代社会というものですから。



エフィカシーが低いために嫌がらせなどを繰り返している方は、いずれその報いを受けます。

学校や会社から爪弾きにされます。


まあ、仕事や生活に支障がない場合は放置しておきましょう。


あなたがきちんとしていれば、周りがどう思うかは明らかです。


あなたまでエフィカシーを下げる必要はありませんよ。



『仕事とプライベートは別』



それが現代社会なのですが、できない方が大量にいるのが現状です。

教える立場の人でさえ知らないのです。


論理を元にした教育を受けてこなかった弊害ですね。

特に、日本の教育はエフィカシーを下げる教育ですから。


哀れではありますが、これは本人が気付いていくことです。


あなたは自分のゴールへ向かっていってください。



このような事態を避けるためにも、無意識の働きを理論として知っておく必要があります。

最低でも、オススメ書籍やブログの内容くらいの知識量が必要です。


ある程度纏まった知識量がないと、無意識の反応を理解できないのです。

今、自分に起こっている反応が何処から来ているのか分からないのです。


また、情動は論理的思考を優位にしてしまえば沈静化します。


そのためにも、知識を身に付けていってください。



偉人の言葉を聞いてありがたがっている方もいますが、偉人がその言葉を発した背景を分かっていないと、真に理解したとは言えません。


体感も必要なのですが、知識も必要なのです。


上っ面の言葉だけを聞いても自分のものになりません。


偉人を理解したかったら、その偉人が取り入れた知識を自分でも取り入れましょう。


大切なのは”何を”インプットするかです。

”誰の”言葉に耳を傾けるかです。


周りの言葉を注意深く聞いて、よく考えていきましょう。

世間の常識や会社の都合のいいように誘導されていないかを考えましょう。


たとえ信頼している人の言葉でも、注意深く聞くのです。



『あなたが必要としている人は、本当に”あなたのゴール”を考えていますか?』



自分に入れる”全ての情報”を選択していってください。


自分で考えた情報、自分の口から出た情報、人から言われた情報、インターネットの情報、新聞の情報、テレビの情報、雑誌の情報など、情報は色々とあります。


それらを認識した上で、自分の”ゴールに相応しい”情報を入れていってください。


それが自分の糧になり、信念になりますから。



このブログで学んでいる方は、多かれ少なかれ変わりたいと思っている方です。

たとえ自分が認識していなくてもね。


そうでなければここで学ぶなどありえません。


同志の心理カウンセラーの話ですが、「次にカウンセリングをすればもう大丈夫という人が、いきなり来なくなる」と話していました。


事故にあったり、身内が亡くなったり、他の病気になったりと、偶然としか考えられないことが起こるそうです。

そして、私も同じ経験をしています。


本当に何でも理由にしてしまい、カウンセラーやコーチと関わり合うことを止めてしまうのです。


超常的だと思うかもしれませんが、それだけのことを無意識は引き起こしてしまうのです。

それが無意識の働きです。



なお、この機能を防ぐためにも、更なる無意識の働きを利用しているのがコーチングです。

コーチングが全額一括前払いというのはそのためです。


そうすればクライアントは、「高いお金を払ったんだから価値がある!」と思い、何がなんでも実践していきます。


例えば、100円の時計と1000万円の時計、どちらを大切に扱いますか?

お金が全てではありませんが、この感覚に近いのです。


私も、昔は無償やかなりの低価格で活動していたのですが、『対価を貰わないと相手のためにならない』と諭されてから、そして実際に体感してからは考えを改めました。

まあ、求められれば身近な方には昔と同じような感じでしていますし、ブログも無償ですから全部が全部とは言いませんが……



無意識の働きとは情動に作用するものですから、理論を学び実践していけばその情動も抑えられます。


理論があると、今自分に起こっている反応を理解できますし、認識が変わります。


ネガティブに考えていたこともポジティブに考えられるようになるのです。

これを繰り返していきますから、ますます変わっていけると思えるのです。



コーチングは、無意識の強烈な働きに対抗するのではなく、それを上手に使って自分のゴールへ向かうものです。


変わりたいのなら変われます。

やるかやらないかです。


変わりたいのなら実践していきましょう。


まずはマインドを変えていってください。

物理的な行動に移すのはそれからです。


順番を間違えないように。


無意識の働きを味方につけましょう。

愛について、これからについて

私の話をしましょう。

趣味の話を簡単にしただけですから、私語りは実質初めてです。


ブログを読んでいれば分かると思いますが、私は一般の方から逸脱した思考をしています。


全てを愛するなどと抜かす人間は、教祖か頭のおかしいヤツだと認識している方もいますからね。

おそらく、過去の私が本来の私を認識すれば同じ考えに至ります。


そういうものでしょう。



私は、愛というテーマについて長い間考えてきました。


色々と経験し、教えを請い、考え、実践してきました。


そして、現在では一応の答えを持っています。


この状態ですが、抽象度の話をすれば悟っている状態に近いのです。

人によっては、私を悟っていると言います。


しかし、私はまだ先があると思っています。


そのために日々修行をしています。

現在よりも更に先を目指しています。


これは、私の目指すゴールがあるからです。

ゴールがなければ先を目指すこともできませんから。



愛を理解するために、現在の私が否定している宗教やスピリチュアルなども学びました。

愛を語っている方に教えを請いました。

普段は読まない恋愛系の書籍や映画にも手を出しました。

ひらすらに瞑想を続けました。


本当に手広く学んだと思っています。



そうして、愛について理解したのです。

体感したと言った方がいいでしょう。


これは、瞑想をしていてある日突然理解しました。


あなたもそんな経験がありませんか?


勉強をしていて、いきなり理解できるようになったことはありませんか?

学習曲線の閾値を越えた状態ですね。



ともかく、いきなり悟ったのです。


そして世界が変わりました。


しかし、この状態で生きていくことはできませんでした。


現代社会が愛を必要としていない社会だったからです。


ですから、自我を偽ることも覚えました。


現在の私は自我を偽っています。

このブログを書いているときですらそうです。


本来の私を知っているのは、教え子やクライアントなどの極々一部だけです。


もっとも、元の自我が強すぎるため、偽っていても漏れ出してしまうことがありますが……



しかし、それも終わりにしようかと思っています。


いつまでも自分を偽っていては、世界を変えていくことはできません。


今年で35歳になりますが、今年から動き始めます。

この歳を節目にしようと思い、色々と行動していましたから。


それに、35歳と言えばブッダが悟った年でもあります。

何か事を起こすには丁度いいというのもあります。


偽りの自分を演じるのではなく、本来の自分で活動していく。


それが私らしく生きるということでしょう。



これからも修行は続けていきますが、今年で社会勉強と称して色々と経験することも終わりです。


長野からも出て行こうかと思っています。

この場所でも私を必要としている方はいましたが、一応終わったと思っていますから。


次は、真に私を必要としている方々の元へ行くだけです。



私を求めてください。


私はその想いに応じましょう。




普段よりも長い話ですが、もう少しだけ続けます。

こんな機会二度とないでしょうから。



話は変わりますが、教え子から「SNSはやらないの?」と言われたことがあります。

しかし、今のところする気はありません。


過去にはしていたのですが、気軽にメッセージを送れる機能があると自分で考えることを止めてしまい、私に依存してしまうからです。


また、メールと比べると送れる文字数が少なすぎるというのもあります。

これでは聞きたいことも聞けませんし、言いたいことも言えません。


さらに、匿名での投稿が可能なためトラブルに見舞われたこともありました。

まあ、電話やメールでもあるのですが……


私だけが被害に遭うのならまだいいのですが、仕事仲間にも影響がある場合さすがに許容できません。

ですから、SNSは辞めてしまいました。



遠隔地でも気軽に連絡が取れるのでインターネットは素晴らしいと思うのですが、あくまで人ありきの技術です。


大切なのは人と人の繋がりです。

心と心の繋がりです。


それを理解していれば距離など関係がありませんし、連絡など取れなくても問題ありません。


現に、私の教え子の何人かは世界に出ていますが、連絡をくれる子もいれば、音沙汰がない子もいます。


しかし、便りがないのは元気な証拠。


その子が自由であるのなら、欲を言えば幸せであるのなら私はそれで十分です。


それに、もし本当に困ったことがあれば私に連絡をしてくるはずです。

そのように言付けしてありますから。



子どもの方が愛については敏感です。

子どもよりも動物、植物の方が敏感です。


全てを愛するとはこういうことです。

ヒトだけではないのです。


動物も植物もヒトも地球外生命体も、文字通り全てなのです。


ここまでの愛を体感しなくても日常では支障がないでしょう。

むしろ、あると日常生活が送れなくなります。


簡単に言うと、あなたの大切な人と目の前の料理が同じということですから。

私も始めのうちは大変でした。


ですから、オススメはできません。

ある程度の方が幸せになれます。


しかし、いつまでも偽り続けるのはナンセンスです。

これでは答えを得た意味がありませんからね。



こういうことも含めて、新たに活動していこうと思っています。


まだ何をやるかは決めていませんが、今のままということはありません。


もしかしたら、私に連絡を取れるのは今年が最後かもしれませんから、必要としている方は早めに連絡をください。


日本にいるとも限りませんし、ネットが繋がっている場所にいるとも限りませんから。



ここまで自分のことを話したのは初めてです。

それだけ今年が私にとっての節目になっているということでしょう。


あなたも自分の節目を決めて行動してみてください。

そして、それまでは思いっきり行動してみてください。


私の場合、今までは修行期間でした。

ただそれだけです。



これからは私を求める者のために行動していきます。


誰であろうと関係がありません。


たとえ私を憎んでいようと、罪を犯していようと、全てを愛します。


それで私の命が無くなろうと些細なことです。

私はその人のことを想い、いなくなりましょう。



私がいなくとも、私の思想は受け継がれます。


私の教え子が生きていってくれます。


私の役目はそれで終わりです。


それに、いつまでも過去の遺物に囚われる必要もありません。


私の思想など、必要なくなったら捨ててしまっていいのです。

後生大事に取っておくものでもありませんから。


そういうものですよ。



あなたにこの言葉を送りましょう。


『本音で生きてください』


ヒトは元々自由です。

それがヒトの本質です。


あるがままに、自由に生きてください。


自分の使命を見つけてください。



以上です。

コーチとは

コーチという存在を誤認している方がいます。

コーチはマインドのプロフェッショナルですから、自分の好きなように相手を操っていると思っている方がいるのです。


はじめに言っておきますが、それはコーチではありません。

煩悩に振り回されているだけの唯の人です。


なぜなら、自分の煩悩のコントロールすらできない者に、コーチは務まるものではないからです。



コーチの役目は、クライアントを”クライアントのゴールへ”導くことです。


間違ってもコーチのゴールへ導くことではありません。

クライアントのゴールにコーチの煩悩が入り込む余地はないのです。


それがコーチという存在です。



一般の方が自ら無意識の働きを学び、その知識やテクニックを生活に活かしたいのならいいのです。

しかし、コーチとして活動するのなら自我のコントロールは必須です。


最低でも、コーチングをしているときは100%クライアントのゴールを応援してあげる必要があります。

そうでなければコーチとは言えません。



先日も話したように、一方的に愛する、癒すことも私はしていますが、相手からの反発があれば直に抑えます。


そもそも、癒しが自動的に発動してしまうため、止めようがないのです。

これは私の存在意義そのものですから。


止めるには自我を変えるしか今のところ方法がありません。

この部分は現在修行中です。


相手を変えてしまえば相手からの反発や嫌がらせなども無くなりますが、それは私の煩悩をコントロールできていないということです。


「不利益を被るのは嫌だ」という煩悩ですね。


相手が自由ならそれで十分ではありませんか。

相手が幸せなら私はどうなってもいいと本気で考えています。


それが私です。

それがコーチです。



他のコーチからすれば、おかしな定義づけをするなと憤るかもしれませんが、賛同するコーチもいます。


コーチとは、利他的でなければ務まらないのです。


そもそも、抽象度が高くなれば勝手に利他的になります。

煩悩も勝手に治まります。


そういうものですよ。



コーチとは、自分の煩悩のために他者を犠牲にしない者です。


それを押さえておきましょう。


もし親御さんがこの話を読んでいたら、子どもにコーチングをするときは思い出してください。


子どもには子どものゴールがあるのです。

それを認めてあげましょう。


それがコーチであるということですよ。



コーチという存在が何となく分かりましたか?


理論を学べばコーチングは可能ですが、それ以外にも必要なものがあるのです。



日々自分自身をアップデートし続け、日々修行し、日々考え続けていく。


それがコーチのするべきことです。


少なくとも私はそうです。

朝起きたらまず修行ですから。



コーチは一朝一夕でできるものではありません。

日々の積み重ねが必要です。


コーチを目指すのなら、相応の覚悟を持ってください。


相手を思いのままに動かしたいなどと考えていては務まりません。

一度学べばもう大丈夫などと考えていては務まりません。


自らが進化し続ける、そして相手が自由であることを尊重する。


これができれば立派なコーチです。

是非一度目指してみましょう。


コーチが増えれば、世界も良くなっていきますからね。

利他的な方がたくさんいれば、世界はもっと良くなります。


あなたも世界を良くしていきましょう。


自分なりのコーチを目指してください。

プロフィール

中嶌 星児

Author:中嶌 星児
科学的に自分を変えていく方法を話しています。

また、仏教的な話や哲学的な話もしています。

『自分を変えていきたい』と望んでいるのなら、学び、実践していきましょう。

方法さえ分かれば、誰であろうと変わることはできます。

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