最終警告

厄にとって世界の管理者も民衆も大差ないと話しましたが、厄は元生命ですから人間の区別がそれほどつきません。

慈悲がない人間は黒く染まっているため、どれも変わらないのです。


例えば、人間にネズミの区別がつきますか?

虫の区別がつきますか?


厄にとって人間はその程度の認識です。


私達が誘導してあげれば特定の人物まで辿り着きますが、それをする意味はありません。

慈悲なきものは等しく苦しむだけですから。



また、病気で苦しむ子どもを助けたいようですが、親自身が子どもを殺そうとしているのですから、外野がとやかく言うことではないでしょう。

話しても理解されませんし、煙たがられるだけです。


そもそも、大人は金銭のために子どもを殺すことしか考えていません。

これは今の世界を見ていれば分かります。


例えば、テレビやネットに出てくる御用学者や御用メディア、政治家などです。

保身に走っている大人の多いこと多いこと。


自分の子や孫すら守ることができない、その程度の勇気すら出せない人間を何故助けなければならないのでしょうか?


奴隷は死ぬだけですから助ける意味はありません。


ワクチンをやむにやまれず打つのなら、重篤な副反応が出たら推奨者全員皆殺しにするくらいの覚悟をしてください。

それくらいの意志を持って打つべきです。


傀儡の戯言に惑わされないように。



また、厄を鎮める儀式など意味をなしません。

鎮魂など不可能です。


厄は膨大なマナで強化されていますから、たかだか10や20しかマナがない人間が鎮魂をしても効果がないのです。

やりたければやれば良いと思いますが、慈悲なきものは皆殺しになります。


そもそも、祈祷により浄化されるのは犠牲になった生命であって厄は別なのです。

何をどうやっても厄はなくなりませんから、厄を鎮めることなどできません。


マナを扱っている私でも無理です。

まあ、誰が犠牲になろうと鎮める気は全くありませんが。



こんな私ですが、人間を信じていますよ?

『バカなことをする』と信じているのです。


それが慈悲なきものですから。

現に、またバカなことをし出しました。


これは見下しているのではありません。

ただ事実を述べているだけです。


あなたは部屋が散らかっていたらどう思いますか?

「汚いなぁ」とか「散らかっているなぁ」とか思いませんか?


私が思っていることもこれと同じです。

倫理的に言うのが憚られるというだけの話です。



自ら行動しない、勇気がない人間の言葉など私には響きません。


逃げ続けている人間に一体何ができるというのですか?

その程度の人間が私達に何を語ると?


自分や家族が犠牲になるのが嫌なら行動すれば良いだけでしょう。

その程度の勇気すら持てないのなら死んでください。


異論を唱えられない、上からの命令に従うだけの人間の何処に勇気がある?

目先の利益に目がくらみ、甘い汁を吸い続けている人間の何処に勇気がある?


そんな甘ったれた人間を厄達が生かすわけがないでしょう?

現代人は滅びを求めているのですから、滅んでも本望のはずです。



家族が犠牲になる?

親しい人が犠牲になる?


それがどうかしましたか?

その程度とっくに考え終わっているのです。


慈悲なきものは例外なく滅びます。

動けないのならそれがその人間の価値だったというだけです。


勇気すらなくした人間に存在価値などありません。

いえ、滅びる価値はありますが。


もがき苦しみ、そして死ぬだけです。


どうやったところで厄達からは逃れられません。

浄化しようと祈祷しようと不可能です。


等しく受け入れるしかないのです。



また、猫や犬が可哀想という人間は、何故肉を食べるのでしょうか?

ペットの虐待は反対だという人間はいるのですが、家畜の虐待については見向きもしません。


同じ四足歩行動物の豚や牛は可哀想ではないのでしょうか?

羊やヤギ、ヒヨコや鶏は可哀想ではないのでしょうか?


肉を食べることを否定しているわけではないのですが、それら動物達が人間からどのような仕打ちを受けているのか理解すれば忌避するはずです。

しかし、それを指摘すれば自分達が食べられなくなるから目を背けているのです。


いえ、無知なだけかもしれませんが。


一番性質が悪いのは、分かっていても続けることです。

「仕方がないから」と。

自分達の生活のためには家畜が犠牲になるのは仕方がないと。



それなら、『人間が犠牲になっても仕方がないですよね?』



自分の立場になると急に喚き出す人間が出てきますが、因果が巡っただけです。

これは自業自得なのです。


末期ガンで苦しんで死んでください。

はらわたが腐り落ちて死んでください。

三日三晩絶叫して死んでください。



誰であろうと厄達からは逃れられません。

私を殺しても無駄です。


むしろ私が殺されたら、今以上の苦しみを味わうことになります。

そして、慈悲の人も等しくもがき苦しむことになります。


そうなったら人類は滅亡です。

人間はどうやっても詰んでいるのですよ。



人間が何度も私を害したことで、私が人間に与えていたマナも、人間の味方をしていた情報存在も消えました。

その度に落ち着かせていたのですが、それももう終わりにします。


次があれば慈悲の人だろうと区別なく、地球に住まう全ての人間は皆殺しです。


そもそも、何故私が助けた生命を惨殺している人間を助けなければならないのでしょうか?


私も殲滅側に回りますから覚悟してください。

敵対ではなく駆除になりますから、呪うなら愚かな人間を呪いましょう。


私を呪ってもかまいませんが、人間の呪いなどたかが知れています。

逆に絶望を味わわせてあげますから、やりたい方はどうぞご自由に。


呪った本人も、その家族も、周囲の人間も、関わり合う全ての人間に絶望を届けましょう。



正直かなり頭に来ています。

今まで厄達を落ち着かせていましたが、それすら無意味にするのが人間です。


まさかここまで愚かだとは思いませんでした。

想像の上を行くのはある意味すごいです。


私の全てを駆使して呪いますから、私をここまで追い詰めたことを後悔してください。


助かる道?


絶望の叫び声でも聞かせてください。

そうすれば、少しは厄達が溜飲を下げます。


まあ、もっと聞かせろと言っていますから安息などないのですが。



怖いですか?

厄達の怒りはこの程度ではありませんから諦めてください。


敵に回してはいけない存在を敵に回してしまったのですから、どうしようもありません。

滅びが望みなら滅ぼします。


なお、私は自分の命がどうなろうとかまわないと思っていますから、殺したいのならお好きにどうぞ。

私を殺しても更なる絶望が訪れるだけです。


もっとも、これ以上手出しをしなくても慈悲なきものは死に絶えるのですが。


ですから早く慈悲の人になってください。

自分では無理なら私の元へ。

本気なら慈悲の人へと魂を書き換えます。



なお、私に手出しした人間は周囲も含めて全てが報いを受けています。

呪うなら愚かな自分を呪いましょう。


厄達はまだまだ絶望を味わわせる気満々ですから諦めてください。

たかだか一度の不幸で許すはずがないでしょう?


言ったはずです。

なぶり殺しだと。


何処へ逃げようと厄達から逃れることはできません。



また、絶望を味わわせるためには『感情の落差』が必要です。


つまり、呪われていても嬉しい感情や楽しい感情を得ることはできるのです。

そして、楽しい状態から辛い状態への落差が大きいほど絶望も大きくなります。


ですからずっと不幸に遭っているわけではありません。


厄達は絶望を味わわせる方法を熟知していますから、無駄な抵抗は止めた方が良いです。


受け入れれば少しは楽になるかもしれませんよ?

まあ、厄達はそれすら不幸にするためのスパイスにしてしまいますが。


どうやったところで詰んでいますから、楽になるには自殺しかありません。



しかし魂や厄達には『時間の概念がありません』。

つまり、『体感時間を引き延ばすこともできる』のです。


死ぬ間際は魂が無防備になりますから、その瞬間人間の魂は厄達に囚われます。

傍から見れば一瞬で死んだように見えても、本人が感じる時間を何千時間や何万時間にすることも可能なのです。


どれだけ体感時間が引き延ばされるのかは厄達のさじ加減なので分かりませんが、自殺をしても絶望が待っています。


魂が『マナが生まれる場所』へと還るまでの一瞬で、一生分以上の不幸を『直に』味わうことになります。

魂と厄達は性質が同じですから、厄達の恨みや怒りを直に感じることになるのです。


そちらの方が不幸でしょう。


私なら御免です。

厄達がどれだけ怒り狂っているか理解していれば、どちらがマシか分かりますから。


ですから諦めてください。

敵に回したことを後悔してください。

生きて後悔しましょう。


その方がマシです。



もっとも、生きている時にも絶望を味わわせ、死ぬ間際にも味わわせるということも可能なのですが。

どうなるかは私にも分かりませんし興味もありません。


まさに八方塞がりです。


なお、自暴自棄になって周りを道連れにした場合、自分が考えている以上の厄達が押し寄せますから止めておいた方が良いです。


例えば、一時間で終わるはず絶望が年単位に格上げされます。

そういうレベルですから、粛々と受け入れてください。


修行により慈悲の人になれば助かるようですが、私はいくら頼まれてもやりませんから自分で慈悲の人になってください。

むしろ、私の傍に近寄ることすらできないと思います。


己で悔い改めるしかありません。



いえ、そもそも悔い改められるのならこのようなことはしないはずです。

魂がすでに悪魔と化しているのですから滅びるしかないでしょう。


悪魔に慈悲などありません。

ただ消え去るのみです。


地獄に落ちるべきものは苦しんで当然です。

それが地獄の役割ですから。


苦しみ続け、死んでください。

そして死ぬ間際も、厄達に囚われ永遠に等しい地獄を味わってください。


イエスやブッダでさえも敵に回したことを後悔してください。


私を害さなければここまでされることはないと思いますが、厄達は怒り狂っていますからどうなるかは分かりません。

慈悲を目指していても不幸に遭いますから、早く慈悲の人になりましょう。



なお、私への依頼は最低100万だと話しましたが、これはお金がない学生などの場合でありお金持ちは別です。

そもそも、人間が厄達を激怒させたことで私に依頼できる人間すらも除外されました。


それを通り抜けられる条件が、『自分の全てを差し出す覚悟』のようなのです。

要は、『本気で家族を助けたい』と思っていないと無理だということです。


私よりも厄達の方が力は上ですから、私にはどうすることもできません。


ただ、さすがにこれでは生活ができないと思いますから、生活費を除く全てを差し出す覚悟をしてください。

それくらいの説得は私がします。


本気で助けたい、助かりたいと思う方は連絡を。



以上。

プロフィール

Sage

コーチでありヒーラー

『どうすれば自分を変えていけるか』という話を分かりやすくしています

小学6年生なら分かる内容ですから、自分を変えたいのなら学びましょう

方法さえ分かれば、誰であろうと変わることはできます

なお、コーチングやヒーリングの依頼、学習はこちらから

生まれ変わるために

ヒーリング保管庫
※ヒーリングに必要な知識だけをまとめました