安易に語るものではありません

よく”本音”で語り合いましょうという方がいますよね?

学校やセミナーなどで聞いたこともあるでしょう。


ですが、本音で語り合うなどやってはいけません。


そもそも本音とは”語り合うものではない”からです。

”自分が分かっていればいいもの”だからです。


扱いとしては”ゴールと同じ”ですね。

話すと否定されます。


否定されずとも、相手が苦手意識を持ってしまいます。

判断基準ができてしまうのです。



「みんなで認め合うために本音を語るんだ」という方がいるのですが、それはその方がリーダーとなり相手を誘導したいだけです。

教師など、子ども達が本音を語っても倫理観などもあり誘導しようとします。


さらに、意見を纏めようともします

それでは語り合う意味がありません。



本音とは仲良しこよしで語り合うものではありません。

倫理観や法律なども含め、全てを無視し、感情も載せて語ることなのです。


一人ひとり違うので、纏めることなどできないのです。


本音とは綺麗なものばかりではありません。

そんなに綺麗なものなら世界はもっとよくなっています。


特に、大人は本音で語るなど言っていますが、実際は体面を気にして話せません。

聞こえの良い言葉でしか語れないのです。


本音とはその程度のものではありませんよ?



本音を語るとはそれくらい重大なことなのです。


ですから、「本音を~」と軽々しく発表させようとしている方の意見は無視しましょう。

あなたが否定されてしまいます。


話していいのは専門の訓練を受けたコーチだけです。

”ゴールと同じ扱い”ですからね。



人前での発表ついでに話しておきますと、学校や幼稚園で将来の夢を発表させますが、あれもいりません。

「かわいいものだ」と思うかもしれませんが、本当にそれだけでも否定してしまう、あるいは笑ってしまう大人がいるのです。


それだけで子どもの自尊心は傷つけられます。


好きなものを発表して笑われた、将来の夢を否定されたなど、子どもにとってはトラウマになります。

親しい方なら特に傷が深くなります。


大人はそういうことを全て分かっているのでしょうか?

特に教師。


昔からやっていたなど言い訳になりません。

それなら教師を辞めてください。


大人のために子どもが犠牲になる社会なら滅んでもいいのではないでしょうか?


本来なら、教師は全員コーチになるくらいでないといけないのです。


子どもの教育とはそれくらい重要なものなのです。

教育を根本から見直すならそれくらいは必要になります。



本音の話に戻りますが、誰かに語る必要はありません。

誰かに認めてもらう必要もありません。


自分自身が分かっていればそれでいいのです。


ただ、その本音について考え続けることは大切ですよ?

本音があるためにスコトーマ(心の盲点)を作り出してしまうからです。


さらに、時が経てば本音が変化することもありますからね。



本音はあっていいんです。

しかし、それは語らなくていいんです。


ゴールやアファメーションと同列に扱いましょう。


これもあなたの心と身体を守るためです。

実践していってください。

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