慈しみの心を持つためにも

食の話です。

「私のブログは参考程度にしておいて、あとは自分自身で体感していけばいい」と話しましたが、これは「抽象度を上げ、体感を増やしていってください」ということです。


そうすれば、無駄に食材を捨てることも、過食で身体を壊すこともないでしょう。

食材から気を取り込むことも可能です。


抽象度が低いと、食材はただのモノになってしまいます。

今まで生きてきた生命を摘み取って私達の生活が成り立っているのに、それを考えようともしない人間になってしまいます。


その結果、まだ食べられる肉の塊や野菜を、何十キロも何百キロも平気で捨てるようなことをしてしまうのです。

そのような人間は生命について考えるのではなく、精々が食材に掛かったお金のことしか考えていません。


家畜は捨てられるために殺されたのではありません。

現在、200~300億頭の家畜がいるとされていますが、その家畜も人間が生きるために生きているのです。


私達を生きながらえさせるための生命を、何故捨てられるのでしょうか?

生命はそんなに軽いのですか?


弱肉強食は自然界の摂理であり、「人間も動物だ」という方がいますが、人間はサルと同じではありません。


人間の価値は、抽象化思考にあります。

他の生命を慈しめることにあります。


原始時代ならともかく、現代の人間には弱肉強食など適応されないのです。

他の生命を想えるのですから、自分が生きていく分の食材があれば事足りるはずなのです。


これは家畜だけではなく、穀物や野菜に関しても同じです。


形が悪いだけで何故捨てられるのでしょうか?

味は同じなのに、見た目だけで判断する意味が分かりません。



人間の真価を発揮すれば食糧問題などすぐさま解決するのですが、現実では欲に支配され、他の生命のことを考えることすらしない人間で溢れかえっています。


そして、それらの人間が支配されている欲とは、”お金”です。

お金に支配されている人間は、お金があれば何をしてもいいと思っています。


ですが、お金を出せば何をしてもいいのでしょうか?


そうなってしまえば、世界のルールは破綻します。

お金を持っている人間だけが偉いことになってしまいます。


これではまるで、カースト制度のようですね。



現在では、お金が宗教のようになってしまっています。


皆、お金に洗脳されているのです。


「資本主義国だからお金が必要」という論理は分かりますが、元々お金は”余り物の交換券”です。

それそのものに価値があるわけではなく、交換できるモノに価値があるのです。


お金でお腹が膨れるのですか?


これは子どもの方が分かっていることです。

子どもは簡単にお金を手放して、食べられるモノを欲しがりますから。



私達は、もっと生命について考える必要があります。

お金に目が眩むことがないように、自らの欲をコントロールしていく必要があるのです。


そうすれば、息苦しいと感じることもなくなります。

アレも欲しい、コレも欲しいなどということはなくなります。


そのためにも、日々学び、考え、体感を増やしていってください。

他の生命を想えるようになるまで、抽象度を高めていってください。


皆が皆実践していけば、素晴らしい世の中になります。

これは、”一人ひとりの心がけが重要”なのです。


私達の真価を発揮していけば、世の中はもっとよくなります。


日々成長していってください。

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科学的に自分を変えていく話、仏教的な話、哲学的な話をしています.


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