ヨーガとの違い

瞑想と聞くとヨーガの行者を思い浮かべる方が多いようですが、ヨーガで何をしているのか考えたことはありますか?


瞑想には色々な種類がありますが、ヨーガは”五感”から入る瞑想法です。

物理的な肉体を介して自身を理解していく、そして解脱をしていくというものです。


解脱とはバラモン教(現在のヒンドゥー教)の概念で、輪廻転生から抜け出すことを意味します。


バラモン教では出生によって身分が決まります。

そして、徳を積めば次代の階級は上がり、悪をなせば次代の階級は下がるとされています。


『永遠に輪廻から離れられない』という教えなのです。


しかし、解脱をすればその輪廻から抜け出し、魂の安らぎを得ることが可能です。


そのために色々な解脱法(瞑想法)を試しているのがヨーガの行者なのです。

その瞑想法で解脱ができるかは死ななければ分かりませんが、それでも続けていくのがヨーガの行者です。


このような宗教的なバックグラウンドがあることを理解しましょう。



私は輪廻転生など信じていませんが、ヨーガの行者が生涯を掛けて取り組んでいることは尊敬しています。


すごい行者だと心臓を止め続けることも可能ですし、ヒマラヤの奥地でも布一枚で過ごし、食料もほとんど食べません。

本当かどうかは分かりませんが、150歳以上生きている方もいるそうです。


それくらい身体を自由自在にコントロールできるのです。

凄まじいの一言でしょう。



ヨーガでは徹底的に五感を介して瞑想を行います。

ですからここまでのことが可能なのですが、私が話している瞑想とは少し違います。


私の話す瞑想とは、『情報世界に対して臨場感を感じること』です。

イメージの世界や心の世界と言った方が分かりやすいでしょうね。


そして、情報世界に対して臨場感を感じるということは、物理世界の臨場感を下げなければなりません。

走ったり運動をしている状態で、数学のテストができないのと同じです。


五感とは物理世界のものです。


肉体を介するということは、わざわざ物理世界の臨場感を上げる行為なのです。


ですから、ヨーガは私の話す瞑想とは違います。


もっとも、瞑想をするために下地作りとしては最適だと思います。

集中するための呼吸法や、長時間の瞑想に耐えられる身体を作るためには丁度いいですからね。



瞑想とは、あるイメージに対して徹底的に臨場感を感じることです。

”物理世界はどうでもいい”のです。


病気を治すという場合も同じです。

病気の身体はどうでもいいのですよ。


むしろ病気になっているということは、物理世界に強烈な臨場感があるということです。


物理世界は、通常状態でも五感から入ってくる情報に常に曝されているのですから、物理世界の影響は強いのです。


それをひっくり返すためにも、物理世界の臨場感を下げ、情報世界の臨場感を上げる作業が必要です。


情報世界に臨場感を感じ、そしてそれが無意識レベルで正しいと思うと病気は勝手に治ります。

しかし、そこに物理世界の臨場感が入ってしまうと、情報世界の臨場感が薄れてしまいます。


ですから、病気だと忘れるくらいが丁度いいのです。



人は無意識の働きにより生きています。

身体を維持していけるのも無意識のお陰です。


無意識というソフトウェアのお陰なのです。


そのソフトウェアを書き換える作業が、”情報世界に臨場感を感じること”なのです。

「元気だ!」という情報に臨場感を感じ続けると、無意識は書き変わります。


結果、無意識は身体を元気にしようと働き出します。

体温を上げたり、細胞分裂を活性化させたり、解毒したり、成長ホルモンを出したり、免疫力を上げたり色々とします


機械は自己修復できませんが、生命は自己修復が可能です。

それを可能にしているのが、無意識というソフトウェアなのです。


ソフトウェアが変われば身体も勝手に変わります。

生命はナノマシンの群体のようなものですから。


なお、意識していることも”全て”無意識からの指令でしかありません。

自分を変えたいのなら、無意識を変えるしかないのです。



瞑想は”体感が全て”ですから、言葉で如何こう言えません。


ヨガスクールなど通わなくても瞑想は可能ですから、自分自身で実践してみてください。


ブログでも話しているように、リラックスしてから行えば段々と瞑想の強度は上がっていきます。

情報に対して臨場感を感じるということが分かってきます。


毎日10分でもいいので続けていきましょう。


続けていけば上達していきますよ。

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科学的に自分を変えていく話、仏教的な話、哲学的な話をしています.


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