善と悪

善と悪について話します。

私も善・悪という言葉を使うことがありますが、そもそもそのような概念は人間が作り出したものでしかありません。


本来、善・悪という基準はないのです。

生命現象の中にそのようなものはないのです。


ですから、他者を虐げる犯罪者も聖人のような人も変わりません。

等しく人であり、それが人の特性です。


そのため、本来なら何をしてもいいのです。


自分がやりたいことをやっていいのです。

本心の赴くままに行動していいのです。



とは言うものの、皆が皆、好き勝手してしまうと人間同士の生活が破綻します。


ですから善・悪というもので差別化しているのです。

ですから法があるのです。


今の世が『善=法』となっているのは、人間同士が共同生活するためです。

これは、アメリカを見てみると分かりやすいですね。


一部の特権階級に有利になる法もありますが、元々は共同生活のために法という決まり事が作られました。

アメリカは移民の国ですから、思想が全く異なる人種で溢れかえっています。


そのため、それを制御するためにも法という基準が必要だったのです。

逆に言えば、法に抵触しなければ何をしてもいいという考えなのです。


日本人が「それはおかしい」と思うのは、日本人には良心という大前提があるからです。

皆が無意識で共有しているものがあるため、それを基準に判断しているのです。


日本人は単一民族であるため、多民族国家や文化が異なる国のことは理解できないのですよ。

逆もまた然りですが。



何が言いたいのかというと、『自分の好きなことを好きなだけやればいい』ということです。


善・悪というものは、あくまで人間が共同生活をする上での基準でしかないため、好きに生きればいいのです。


自分が責任を取れる範囲でと言ったこともありますが、人間が責任を取っていますか?


人間以外の生命を隷属し、根絶やしにし、破壊していますが、責任を取っていますか?

人間同士でも同じ事をしていますが、責任を取っていますか?


責任など取る必要はありません。

そのようなことでストッパーをかけるなら外していいです。


好き勝手に生きましょう。


ただし、自分の好きなことをしてもいいのですが、誰の所為にもできません。

それだけは覚えておいてください。



あなたは何のために生きていますか?


自らの意思に蓋をして生きることが人生ではないのです。

罪と言うのなら、それこそが罪でしょう。


自分のやりたいことを今一度見つめなおし、そしてそこへ向かっていってください。

それが、人という種が生きている意義です。


生命は自分らしく生きるために産まれました。


善・悪を気にせず、生命らしく好きなことをしていきましょう。

それでいいんですよ。

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『どうすれば自分を変えていけるか』という話を分かりやすくしています.


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