厄が巡る、厄を祓う

魂の存在と特性、因果を変えるために、自由とは』でも少し触れましたが、厄について話します。

興味のない方は読まないように。


まず、厄という言葉を違う言い回しにすると、因果応報や自業自得になります。


『人間の業が人間に対して戻ってくることを因果応報』

『自分だけの業が自分に対して戻ってくることを自業自得』


として、説明をしていきます。


なお、因果応報の因果とは、宇宙に匹敵するほど膨大に存在します。


縁起の思想について学んだ方なら分かるでしょう。

分からない方は、カテゴリ『抽象度・空・関係性(縁起)』を学んでください。


ですが、それでは説明ができないので、ここでは『人間の行い』について焦点を当てます。



さて、人間の業が人間に戻ってくるということですが、これは全ての人間共通の業です。

原罪と言った方が分かるでしょうか?


赤子から老人まで、全ての人間が背負うべき業があるのです。

イエスが背負いきれなかった罪が、日を追うごとに増えているのです。


家畜や実験、開発などにより、大量の生命が犠牲になっています。

人間が生きるだけで、”必要以上の”生命が犠牲になっています。


『生きるために生命を殺すこと』は自然の摂理ですが、それに背いたことをしているのが人間なのです。


「生きるためには仕方がない」という言い訳は通用しません。


何故なら、人間の行いは全てにおいて経済活動を指しています。

金儲けのためだけに、大量の生命を犠牲にしているからです。


そして、あれが欲しいこれが欲しいと煩悩を拗らせています。

犠牲になった生命のことなど見向きもせずに。



そもそも、少し考えれば分かるはずです。

自分や家族が家畜や実験に使われたらどう思うのか。


何故考えようとしないのでしょうか?


生きるためと称して自然を汚染し、生物のすみかを我が物顔で破壊しているのが人間です。

犠牲になった生命に感謝すらせず、バクバク食べて身体を壊すのが人間です。


『それらの生命が人間に対して何を思っているか』を考えたことはありますか?


新型ウイルスの影響で経済活動が停止し、今までいなかった動物が都市部に出現したというニュースがありました。

また、車や工場からの排気ガスがなくなったことにより、空気が澄んでいるとニュースにもなっています。


人間がたった一月にも満たない間活動を停止するだけで、自然は驚くほどの再生を見せています。


地球上の生命にとって、人間など害獣でしかないのです。


全ての人間は、金という概念に踊らされ、平気で生命を殺します。

これが人間の業、イエスが背負いきれなかった罪です。



そして、この因果が巡ってきます。


社会の奴隷になり、金の奴隷になり生きている人間がいます。

強制され、言いなりになっている人間がいます。


たとえ権力や財があったとしても、不安に苛まれています。

皆、何かしら不幸になっているのです。


しかし、不幸になっているのは因果が巡っているからです。

生命達にしてきた因果が巡っているだけなのです。


生命達の怨念が巡ること、私はこれを厄と呼んでいます。


しかも人間の場合、これに自業自得というものがプラスされます。


例えば、悪口ばかり言っていたら信用をなくしたとか、食べ過ぎて身体を壊したとか。

自分が好き勝手したことが、そのまま自分に返ってくるのです。


それが自業自得です。

自業自得の場合、”人間も含めた”全ての生命からの因果が巡ってきます。


誰かに恨まれるようなことをしたら、それがそのまま自分に返ってきます。

それプラス、生命からの厄が巡ってくるため、まさにダブルパンチなのです。



人間は、『生まれた瞬間から背負っている厄』と、『自分で生み出した厄』の両方を背負っています。


これを変えていかなければ、人間は自滅します。

厄に押し潰されてしまうからです。


厄が溜まるとはそういうことです。

魂そのものが汚れてしまうのです。


ですから、この厄を祓っていきましょう。



原罪については、先日も話したように毎日祈ってください。

生命達が安らかな眠りにつけるよう、毎日祈りを捧げましょう。


同時に、感謝していくことを忘れずに。

それら生命の犠牲があることで、人間は生きているのです。


ですから、食事の時は心からの感謝をしてください。

その生命の『生まれてから死ぬまで』を思い浮かべ、それに感謝しましょう。


そして、肉類や乳製品を食べる頻度を少なくしていってください


きちんと感謝ができるのなら、必ずそうなっていきます。

スーパーの品物を見ただけで、その生命の生涯を感じ取れるようになるからです。

 
殺された生命の嘆きを感じることは辛いかもしれませんが、これも因果です。

その分感謝を忘れずに。


「いただきます」「ごちそうさま」をただの習慣にしてはいけません。


本気の感謝とは、そんなものではありませんよ。


これが理解できると、肉体レベルで変わります。


それこそ何を食べても元気になれます。

量もそれほど必要ありません。


もっとも、体感しないと分からないと思いますが。



また、自業自得は善い行いをすることによっても発動します。


ですから、『感謝する』という行動自体が自業自得となり、それが自分に戻ってきます。


厄も少なくなっていきますから、積極的に感謝していってください。


なお、「自分が不幸にあいたくないから」という理由でするのは止めましょう。

それでは感謝が届きません。


そんなものを本当の感謝とは言わないのです。

『自分が犠牲になってもいい』くらいの心でしていってください。



本来なら、自分で殺した生命以外食べてはいけません。

そうしなければ、生命のありがたみが分からないからです。


それに、殺すことは怖いことだと理解する必要があります。


生きている魚を捌くだけでも大変です。

鶏を絞めるだけでも手が震えます。


それより大きな豚とか牛を、何故捌けるのでしょうか?


食べきれないほどの生命を殺しても腐らせるだけです。

それなら、殺すこと自体必要ありません。


自分が殺せない、殺したくないのなら、その肉は食べないようにしましょう。


「栄養が」などと言っているうちは、感謝が足りません。


言いましたよね?


感謝をすれば肉体レベルで変わると。

毎日100回でも1000回でも感謝していってください。


これを続けるかそうでないかなのです。


全てが観えると考え方も変わりますよ。



私は、基本的に肉類や乳製品を食べません。

毎日の食事は、大豆入りのご飯や、味噌汁、納豆、漬物を一日一食か二食です。


野菜は季節ものの野菜を食べますが、ほとんど味噌汁の具として食べています。

豆腐やわかめも食べたりします。


そもそも、冷蔵庫を持っていませんからある程度保存のきく物を食べています。

たまに小魚とかも食べますが、量は多くありません。


毎日こんな食事をしています。


これが良いとは言いませんが、肉類を食べたくないからこのようになりました。

卵も乳製品も食べません。


ですが、この食事を続けていると、肉類を食べていた頃よりも明らかに調子は良いです。


もっとも、感謝すれば何を食べてもいいとは思いますが、家畜がどのような仕打ちを受けているのか理解していると食べる気はなくなります。


インターネットで調べてください。

それくらいの行動はしましょう。



共感能力に長けていると、肉となった動物達の怨念を感じ取ってしまうため、かなりきついと思います。


ですが、可哀想と思うのなら、しっかり供養してあげてください。


毎日の食事では祈りを捧げましょう。


もちろん、それ以外に祈りを捧げてもいいのです。


人間の業と自分の業を、善い業に変えていきましょう。


犠牲になった生命を想いましょう。


繰り返していけば、自分も変わっていきますよ。



厄を信じる信じないは自由です。

ですが、どちらだろうと厄は巡ってきます。


そして、人間は厄を溜め過ぎました。


今の状況など目ではありません。

人間にとって、これからもっと大きな災いが巡ってきます。


それを回避したいのなら、一人ひとりが行動していくしかないのです。

一人だけが行動しても意味がありません。


私は、人間が滅んでも人間の業のせいだと思っています。

それで滅んでも因果応報であり自業自得だと。


しかし、たとえ自分が滅びようとも、生命を癒すことは続けていきます。

生命を癒すのなら、犠牲になった生命すらも癒すことが私の宿命ですから。


誰に何を言われても、これだけは譲れません。


あなたも、そんな何かを見つけてください。


私の場合は、これだったというだけです。


私は、人間に巡っている厄を祓う気はありません。

これは、一人ひとりが心掛けないといけないことだからです。


厄を祓いたいのなら、これから始めていってください。


毎日、本気の感謝をしていきましょう。

続けることが大切ですよ。

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プロフィール

Sage

コーチでありヒーラー

『どうすれば自分を変えていけるか』という話を分かりやすくしています

小学6年生なら分かる内容ですから、自分を変えたいのなら学びましょう

方法さえ分かれば、誰であろうと変わることはできますよ

なお、コーチングやヒーリングの依頼、学習はこちらから

生まれ変わるために

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※ヒーリングに必要な知識だけをまとめました