悟りは理解できるもの、後は体感していくだけ

悟りについて話します。


悟りというと難しいものだと思っている方が多いですが、そんなことはありません。

確かに、体感するためには瞑想が必要ですが、頭で理解すること自体は誰でもできます。


悟りとは、『この世は幻想である』と理解することですから。


ではまず、物理世界から見ていきましょう。



科学の発達により、全ての物質は素粒子から成ることが判明しました。


今触っているスマートフォンも、手で触ることができない空気も、全ては素粒子からできています。

目の前にあると思っている全てのモノは素粒子からできており、そして、自分も素粒子からできているのです。


ですが、そうなると自分とモノとの垣根はなんでしょうか?

食べ物もゴミ箱のゴミも自分も、全てが素粒子からできているのです。


このような状態で、一体何を基準に判別していると思いますか?



それは『認識』です。


私達が認識することで、素粒子をモノとして認識しているのです。

言葉を変えれば、素粒子に『役割を与えている』のです。


それにより、素粒子はその役割を演じていくようになります。



例えば、目の前に箱があるとしましょう。


人によって、その時々で物体の役割は変わります。

イスや机、入れ物、寝具など、色々な役割を演じていきます。


これは、認識一つで役割が変わってしまうということです。


箱は箱だと思うでしょうが、この物体は人の認識によって如何様にでも変わるのです。

箱でもあるしイスでもあるし机でもあるのです。


見る人によって役割が変わるのですよ。


その物体を箱たらしめているのは、皆が共通した認識を持っているからにすぎないのです。



例えば、異なる文化人がいるとしましょう。

自分が理解不能な文化があったとします。


自分の認識では、目の前の物体は食料ですが、異なる文化においては塵になります。

自分の認識では、目の前の物体は箱ですが、異なる文化においては家になります。


例えば、原始人にスマートフォンを見せても『ただの板』だということです。

現代人と原始人では認識が全く違いますからね。


認識の違いは世界の違いです。


物体そのものは変わらないのですが、認識一つで色々な役割になります。

つまり、物体の存在自体が『朧げ』だということです。


そして、これが悟るということなのです。



これは、「この世は認識する人によって変化する」ということを指しています。

自分が見ている世界と他者が見ている世界は異なるということです。


たとえ同じ物体を見ていようとも、その物体の役割は多種多様になるのですよ。


これは、何となく理解できればいいです。


ある物体が目の前にあっても、「それの役割は固定されていませんよ」ということです。

「人の認識の数だけ役割がありますよ」ということです。


これが、「この世は幻想である」ということです。

役割がコロコロ変わりますからね。



では次に、人の特性から悟りについて話します。


これはよく話していることなので説明不要かもしれませんが、一応始めから話します。



現代人は映画や小説、漫画、動画を好みます。

ですが、何故ただの布、ただの紙、ただの板に対して想いを馳せることができるのでしょうか?


人は、他の生命とは異なり前頭前野が発達しました。

それにより、思考能力を手に入れたのです。


過去、現在、未来に対して、そして、星の裏側や宇宙に対して思い巡らすことができるようになったのです。


つまり、人は時空を超越できるということです。


この世ではなく、あの世のものを手にすることができるということです。

あの世ではなく、情報の世界、イメージの世界と言えば分かるでしょう。


この能力により、科学や技術が発達しました。

この能力により、文字や映像に涙することができるようになったのです。


これが人の特性です。

「情報に対してホメオスタシス(恒常性維持機能)が働く」という特性ですね。



ところで、人は五感の情報を脳の電気信号として認識しています。

手から入った情報も、目から入った情報も、全て脳内では電気信号となります。


また、思考をしている状態は、つまるところ脳内の電気信号のやり取りです。

脳が活性化するとは、電気信号のやり取りが活発になっているということですから。


つまり、脳にとっては五感からの情報も、思考の情報もどちらも電気信号でしかないのです。

この世の情報も、あの世の情報もただの電気信号なのです。


では、何を基準にして現実と認識しているのでしょうか?



それは『臨場感』です。



その時感じている臨場感を基準にして、どちらが現実かを認識しています。

心にとって、脳にとって、現実とは臨場感が強い方でしかないのです。


情報に臨場感を感じるとホメオスタシスが働き、身体にまで影響を及ぼします。

これが人の特性です。


人にとって、現実と慮実の垣根はなく、臨場感が強い方を現実と認識します。

あの世とこの世の垣根はないのです。


人にとって、物理的にあろうがなかろうが関係ないのです。

物理世界だろうと情報世界だろうと、臨場感が強い方を現実と認識してしまうからですね。


しかも、脳内ではどちらもただの電気信号でしかありません。

触れる触れないは二の次、見える見えないは二の次。


『臨場感を感じ、それに対して身体的に反応する』


それが全てなのです。



例えば、霊を考えてみましょう。

霊がいるいないに関わらず、人は臨場感が強い方を現実と認識してしまいます。


つまり、霊に恐怖することができるのです。

また、人は臨場感が強すぎると幻覚を見てしまいます。


では、この状態で一体どうやって霊の存在を証明するのでしょうか?


目で見た情報も、肌で感じた情報も、全て脳内の電気信号です。

幻覚は脳内の産物ですから、これもただの電気信号です。



どうやって証明をすると思いますか?



この世が幻想であるとはこういうことです。


人は、臨場感が強いものを現実と認識します。

何であろうと関わらずです。


人の認識によって、現実を自由に変えることができるのです。


『全ては自分の認識次第』


それ次第で如何様にもなれるのですよ。


これが悟りです。


物理的にも情報的にも、『認識』が変わることで全く変わってしまうのです。



そして、ここからが『始まり』なのです。


悟りとは真理を追究するものではありません。

悟ってから、自分がどうあるべきかが重要なのです。


全ては自分の認識次第ということは、新たな自分を認識してしまえばどうなると思いますか?

新たな自分に対して臨場感を感じてしまえばどうなると思いますか?


これが『生まれ変わり』です。


たとえ病に冒されていようと、元気な自分に臨場感を感じれば加速度的に快復していきます。


何故なら、身体を制御しているのは無意識だからです。


病に冒され続けている無意識は、体温から心拍、免疫、細胞において全てが機能低下を起こしています。

逆に健康的な無意識は、体温から心拍、免疫、細胞において全てが活性化しています。


これらは全て無意識の働きです。

この機能を変えてしまうのですから、病から快復していくのは必然なのです。


無意識が病的な自分から健康的な自分へと変われば、『勝手に』元気になってしまうのですよ。


これが、認識を変えるということです。

これが、生まれ変わるということです。



理論的には、誰もが悟ることはできます。


私がここで話したことは、何となく分かればいいです。

人が”本当に”理解するためには『体感が必要』ですから、読んだだけではある程度しか理解できないからです。


悟りを体感するとなると、やはり瞑想が必要です。

毎日瞑想をしていってください。


また、悟りに連なる『縁起の思想』についても理解しておきましょう。

カテゴリ『抽象度・空・関係性(縁起)』を参考にしてください。


悟りは一部の仏僧だけのものではありません。

全ての人が悟れます。


そして、悟りとは一度で終わるものではなく何度もあります。

悟って終わりではないのです。


悟ってからの生き方が大切ですから、毎日考えていきましょう。


まずは自分の認識を変えましょうか。

『元気な自分』に変わってみてください。


アファメーションを毎日行いましょう。

これも瞑想の一種ですからね。


自分の人生ですから、自分の好きなように変えていけばいいんですよ。


変わりたいのなら変われます。

そのためにも悟りを体感してください。


これは、毎日続けることが大切ですよ。

コメント

プロフィール

Sage

コーチでありヒーラー

『どうすれば自分を変えていけるか』という話を分かりやすくしています

小学6年生なら分かる内容ですから、自分を変えたいのなら学びましょう

方法さえ分かれば、誰であろうと変わることはできます

なお、コーチングやヒーリングの依頼、学習はこちらから

生まれ変わるために

癒し処
※ヒーリングに必要な知識だけをまとめました